「冬物語」子供ためのシェイクスピア

7月17日に渋谷区文化総合センター大和田で行われた「冬物語」を観てきました。毎年夏休みに行われる子どものためのシェイクスピアです。

冬物語のポスター

いやもう迷いに迷いました。たぶんセンターのまわりをぐるぐる回っていたと思います。いえ、保育園は何度も見たんです。まさか同じ建物だとは夢にも思わず…。

この公演を観るときには早めに行くことにしています。何故かと言うとだいたい15分前に「イエローヘルメッツ」なる黒コートに黄色いヘルメットの集団が、しょもないことを言いながら1曲披露してくれるからです。たぶん子どもがステージに集中するような準備体操なんじゃないかなと勝手に思っています。今回は沢田研二の「ダーリング」でした。

さて、本題です。

冬物語は冬の季節に「むかしむかし…」と語られるようなおはなしらしく、日本で言えば炉端でおばあちゃんが話してくれるおはなしでしょうか。ご都合主義でハッピーエンドなおはなしも、シェイクスピアにかかると壮大な歴史物になるということです。ストーリーは上のパンフレットをクリックしてくださると、リンク先に書かれています。(手抜きですみませぬ。)

アフターパフォーマンストークで演出の山崎清介さんと翻訳家の松岡和子さんの対談があったのですが、松岡さんの観劇ポイントは3点。役名「時」をどう表現するか。同じく役名「熊」をどう表現するか。彫像(実は生きてる)をどちらに向けるか。数々の冬物語を観てきた松岡さんのチェックポイントです。

「時」:ただ「それから16年の歳月が経ちました。」だけの登場ではなく、人々の営みすべてを支配している存在として表現されていました。演じているのはシェイクスピア人形です。(=山崎さん)
「熊」:黒コートの人々が集まり、先頭が「熊手」を持って、影絵で熊のシルエットを映し出しました。(うまく表現できませんが、デフォルメされた熊です。ちなみにある人間を襲って食べる役です。)
「彫像」:16年間も死んだことになっていた王様の妃が彫像に化けて(?)、悔い改めた王様の前に現れるのですが、観客席(=王様)を向いて出て、時々(生きているので)休憩します。

この演目は悲喜劇なのですが、同じ場面が悲劇的にも喜劇的にも表現できることがシェイクスピアの戯曲の懐の広さだなぁと思います。

役者の方たちは毎度すばらしいフットワークで複数の役を演じています。今回も特に伊沢磨紀さんが「すべては物陰から聞いていた」というセリフを使いながら、本来同時に舞台上にいるはずの2役を演じていました(それも男女)。佐藤誓さんのまったく違う役(王様とペテン師)もさすがです。

このカンパニーを中心として、秋にはチェーホフの「三人姉妹」を演ります。こちらはもう喜劇として観て良いのだと思います。